原体験「留萌の味」

祖父母の家のすぐ後ろには線路があって、一日一回電車が通ったっけな?そのさらに後ろに道路があって(そこそこ広いけどもちろん未舗装)道路の向こうはすぐに川。かなり低くなっていて両岸はほとんど崖で、夏は草、冬は雪で覆われるので入ることはできない。もし落ちたらかなりの確率で死ぬ。

ある日おじいちゃんがちょっと来いとのことでついていくとすぐ裏の道路脇から川に向かっている、わずかにわかるけもの道の前。ここで待ってろと言ってぐいぐいと入って行った。入ったというよりはそろそろと降りていった。

目次

  1. 爪に藻みたいな毛が!恐怖の川蟹
  2. 巨大!八目鰻は正露丸の味
  3. 今度こそ美味いのか?シメたてのキジ!
  4. 留萌の味シリーズ最終節 フォアグラ!

爪に藻みたいな毛が!恐怖の川蟹

河岸に着くと、やおらロープを引っ張り始めて引き上げたものは網で作ったドラム缶みたいな仕掛け。中に何匹か小さなカニが入ってる。そのカニを袋に詰めて戻ってきた。

爪の部分にモヤモヤがついている小さなカニ。いわゆる川蟹というやつで茹でて食べさせてくれた。

これが絶品!!ならいい話だけど、残念ながら違った。まずは小さすぎて味がよくわかんない。子供だからうまく剥けないのでなおさら。まぁでもおじさんやいとこも集まってきてみんなは大喜びで、母親は今だに蟹は川蟹が一番美味しいという。

巨大!八目鰻は正露丸の味

またある日は違う伯父が巨大な八目鰻を取ってきた。長さはよく覚えていないけど1M以上あったのかな?太さがすごかった。ゆうに手首ぐらいはあったと思う。これもまた親族がわらわら集まってきて、外で炭をおこして網焼きで食べた。

これが絶品!とはまたもやならなかった。脂がすごい。それよりなにより、薬みたいな味というか風味というか。猛烈な食べ応えというか感というか、飲み込むのにとても勇気と体力がいる感じ。当時思ったのが、正露丸って食べるとこんな感じなのかな?っていう。医薬同源というか、昔の人はこんな風に精をつけてたんだなみたいな。ザ・マタギ飯って感じ。強烈でした。しっかりと小さな胸に刻まれ、今もはっきりとこの胸に残っている。

おじいちゃんは変な趣味を持っていて、はじめて家に行った時は2羽ぐらいキジがいるくらいだった。家の隣に増設した離れで。その後、なぜか鯉を買ってたように思う。恋はその後十数メートル先の隣に住んでる伯父の家に移った。

その後色々あって、一番長かったのはキジが数十匹と金鶏鳥と銀鶏鳥が一羽ずつ。あと鳩もいたっけ?餌やりが大変だった。量が多いのであの猛烈に臭い鶏舎の中にいる時間が長くなる。

金鶏鳥と銀鶏鳥は年月が過ぎて、剥製になって居間に飾ってあった。

今度こそ美味いのか?シメたてのキジ!

で、このキジが食卓にたまーに上がるんだけど。

これが絶品!!

今度こそ絶品!!!

とは残念ながらならず。。。

まぁとにかく臭いのと、固いのと、だいたい茹でて出てくるんだけど、なんだろう?パサパサ?でもこれもちゃんと食べろとじじばばに叱られる。全然食べられなくてずっと座らされていることが多かった。後に小学校で散々味わうことになる給食食べれない人は昼休みなしの罰。相当前倒しで経験済み。

これもまた思うのは、食は燃料であり薬なんだなということ。ちいさな頃から身を持って教えられていた。

とはいえ頭でそうは思っても、じゃぁちゃんと食べられるようになったか、殊勝な心持で食べ物に向かっていたかというと全くそんなことも無く。

美味しんぼとかいうマンガありましたよね?野趣溢れる味とか、自然の力が漲る味とか、あれウソだと思いますよ?正露丸食べれませんて。それよりガチガチに固まった干し肉をウイスキーで流し込むような、大藪春彦風味の方が何倍も現実味があります。

※ジビエ話つながりで。遠く時を経て一度ジビエ料理なるものを専門店で経験したことがあります。しっかりと処理された柔らかくて匂いの無いお肉。正直な私の感想としては、食べられます。美味しいと感想を述べることは可能です。でもあれは抜け殻で、搾りかすでした。もちろん文句なんて無いです。美味しくいただいてお金払って帰りました。でも私はなんというか、わざわざこれを食べるっていう意味を理解できませんでした。

話は戻って。

おじいちゃんの飼育癖はとどまるところを知らず、じわじわとキジに代わって、ガチョウが増え始めた。最初は1〜2羽。ところがその後、ガチョウが1kmほど離れた、また違う伯父の家そばの敷地に移され、柵が広げられ、数が増えていった。

おじいちゃんとおばあちゃんは私が小学校3年の頃に3ヶ月と間をおかずに他界し、ガチョウは伯父の管理下に移った。

そして私が中学生ぐらいの頃、伯父はおじいちゃんから譲り受けたガチョウの数を順調に増やし、いつしか無理やり飼料を大量に食わせてフォワグラを採取するというとんでもないことを始めた。

そしてそして、北日本フォアグラという名の会社を立ち上げて、国内向けに商売を始めた。私と言えば完全にドン引きで、失笑に付して我関せずを決め込んでいた。

留萌の味シリーズ最終節 フォアグラ!

それでも留萌に帰省した折に、試食と称してフォアグラのステーキが出てきた。この時もガチョウの飼育舎端のプレハブの詰所でステーキを渡されてからたったひとりでの食事。

まずは立派なソースがかかってる訳。舐めてみるとそれはもう美味しいというかなんというか、おフランス料理のそれで。で、肝心のフォアグラはまぁやっぱり不味くは無いけどクドイです正直。。。全部食べれるかなぁ?って感じ。

留萌の食事の記憶も10年以上の変遷をもって、これが最後のシメだったわけだけど。ここに至った感慨というよりは残念なしょぼい終わり方だなという感じ。留萌のメシは私にとって「滋味」だった訳なので、これはちょっと審査外になります。

留萌の思い出話は本当にすらすら書ける。以上30分ぐらいで書けました。いいリハビリになってます。ゆえに誤字脱字は失礼を。


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